憲法改正手続の起源と発達
-アメリカ州憲法と民定憲法の精神

著 | ウォルター・F・ドッド |
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訳 | 藤田忠尚 |
判型 | A5頁:248 |
ISBN | 978-4-910135-14-4 |
発行 | 2025年5月 |
POD | 1,991円(本体1,810円+税)
在庫:○
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本書は、Walter Fairleigh Dodd, The Revision and Amendment of State Constitutions, Baltimore: The Johns Hopkins Press, 1910.を訳出したものである。本書は、1910 年に書かれたものであり、この分野の著作としては、後述するJohn Alexander Jameson の著作とともに古典として取り扱われているものである。現代の評者によれば、「この著作の内容の多くは時代遅れではあるが、特に憲法会議制度の発展と初期における効用や州の立法部〔議会〕との関係を説明することにより、驚くほどの今日性を有する著作である」。このような点で、現在でも、「州憲法の改正過程に関するもっとも重要な文献の1つ」とされている。
本書の構成(要約版) 本書は、アメリカ独立期に始まる州憲法の制定・変更手続を中心に、憲法の本質と人民主権の理念がどのように制度化されてきたかを論じている。
第1章では、1770年代に英本国から独立したアメリカ諸邦が成文憲法を制定した経緯を述べ、各州の憲法制定事情を、立法過程との違いに着目して概観する。人民が政治的共同体を形成するために社会契約を成文憲法として構築した背景には、英本国における立法権を超える憲法観と自然権思想があった。植民地支配から解放された人民は、自己統治のための恒久的な枠組みとして憲法を作成したが、その手続は戦禍の中で困難を極めた。ただし、統治の原則は人民によってのみ変更できるという信念のもと、誠実に手続を整えようとした。中には、修正や新憲法採択の構造を内部に持つ憲法も存在した。
第2章では、州憲法の構築手続が3段階に分かれることが論じられる。(1)憲法と法律の区別、(2)独立性を持つ憲法会議の成立、(3)憲法案の州民投票への提出である。最初は区別が曖昧だったが、次第に監察審議会などが設けられ、立法権への制約が明確化された。憲法会議は当初から特別な目的を持つ独立機関と理解されており、その召集や構成を巡って、人民の意思の反映や立法部との関係が問題となった。州民投票は人民主権の理念と相性がよいにもかかわらず、一般化には時間を要した。
第3章は、憲法会議の法的地位に焦点を当てる。新憲法案の起草や修正のために召集されるこの会議は、立法機関との関係や、現行憲法による制約との整合性が問題となる。憲法の制約は司法によって担保されるが、修正内容そのものまで裁判所が統制できるかは疑問が残る。また、明示的制約だけでなく、憲法会議に内在する黙示的な限界の有無も議論される。反面、その強大な権限が立法的行為にまで及ぶかという論点も提示される。
第4章では、独立から100年後以降に主流となった憲法修正手続について、その発展と具体的プロセス(公告、提案、承認)を辿りつつ、様々な論点を明らかにする。憲法修正は全面改正より簡易であるため、逆に議論の余地が多く、修正と改正の違いや、手続の正当性が問題になる。人民を憲法制定者とする「We the people」という理念が、制度設計の中でどこまで実質化されるかが問われる。
第5章では、憲法修正における立法部の役割と限界が中心となる。立法部は様々な利害の代表者で構成されており、憲法会議ほど純粋な存在ではない。民定憲法の理念に照らすと、人民の意思を反映する州民投票こそが核心であり、その手続にこそ民定憲法の精神が実現されるべきである。著者は、100年以上前の事例を通して、現代にも通じる問題意識とその解決への道筋を冷静に描いている。
- 凡例
- 目次
- 序文
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- 成文の憲法典を起草した理由
- 難航したニューハンプシャー邦憲法の制定作業
- マサチュセッツ邦憲法の制定経緯
- ニューヨーク邦憲法の制定経緯
- メリーランド邦憲法の制定経緯
- ノースカロライナ邦憲法の制定経緯
- デラウェア邦憲法の制定経緯
- ペンシルベニア邦憲法の制定経緯
- ジョージア邦憲法の制定経緯
- バーモント邦憲法の制定経緯
- サウスカロライナ邦憲法の制定経緯
- ニュージャージー邦憲法、バージニア邦憲法の各制定経緯
- 初期成文憲法典の制定手続の総括
- 初期成文憲法典における憲法変更に関する定め
- 憲法と議会制定法の間の区別が進行する段階
- 〔当初の未分化な状態〕
- 〔ニュージャージーの事例〕
- 〔ニューヨークの事例〕
- 〔バージニアとバーモントの事例〕
- 〔マサチュセッツの事例〕
- 〔ペンシルベニアの事例〕
- 〔バーモントの事例〕
- 通常の議会と異なる独立性を有する憲法会議が発展する段階
- 〔はじめに〕
- 〔ペンシルベニアとバーモントの監察審議会〕
- 〔初期ジョージアの憲法会議〕
- 〔他の州の実態-憲法会議召集規定の不存在〕
- 〔1784 年以降の変化-憲法会議召集規定の設置〕
- 〔立法部単独で憲法会議を召集しうる州は稀である〕
- 〔多くの州が憲法会議召集を州民に諮る〕
- 〔州民が憲法会議召集について投票する時期について〕
- 〔憲法会議召集に係る州民投票の態様〕
- 〔州民による憲法会議開催の承認の効果〕
- 〔連邦加入の際に行われる憲法会議について〕
- 〔州民が超法規的に憲法会議を召集することはできるか〕
- 提案された憲法案が州民投票へ提出されるようになる段階
- 〔初期の状況〕
- 〔その後の州民投票の一般化〕
- 〔おわりに〕
-
- 立法部による憲法会議の管理の限界
- 〔問題の所在〕
- 〔ジェイムソンの見解と諸州憲法の状況の評価〕
- 〔私見〕
- 〔立法部による憲法会議の制約に関する事例の検討〕
- 〔総括〕
- 州憲法による憲法会議の制限
- 憲法会議に対する黙示的な制限の存否
- 憲法の性質を有しない立法に対する憲法会議の制定権の存否
- 〔南部再建時代に発生した特殊事例について〕
- 〔平時に発生したこの問題に対する基本的考え方〕
- 〔これらに対する諸州裁判所の判断〕
- 〔総括〕
- 立法部による憲法会議の管理の限界
- 憲法修正手続の登場とその概要
- 憲法会議と立法部提案による憲法修正手続の並立
- 〔手続の分化の進行〕
- 諸州憲法修正手続の発展史
- 〔立法部提案による憲法変更手続の登場〕
- 〔立法部提案に先鞭をつけた諸州〕
- 〔立法部提案に対する民衆支配の実現方策-議決要件の加重〕
- 〔立法部提案に対する民衆支配の実現方策-提案に対する州民投票の導入〕
- 諸州憲法修正手続の現況
- 〔議決要件の加重と州民投票制度の定着〕
- 〔州民発案制度の登場〕
- 〔修正プロセスにみられる簡略化の動き〕
- 〔修正プロセス簡略化を掣肘する2つの点に留意すべきである〕
- 〔現在は修正方法として6つの類型が形成されている〕
- 〔手続を複合させると修正は困難になる〕
- 〔時間をかけさせると修正は困難になる〕
- 軟性(flexible)憲法硬性(rigid)憲法という分析的アプローチ
- 憲法修正過程論総論-7つの段階〔①議会への提案②両院の同意③議事録登載④公告⑤2回目の議会同意⑥2回目の公告⑦州民への提案と同意〕
- 憲法修正過程論各論-議会における修正案の議決要件
- 憲法修正過程論各論-議会における読会(Reading)と議事録への登載
- 憲法修正過程論各論-議決に対する行政部の拒否権
- 憲法修正過程論各論-議決の後続議会に対する効力
- 憲法修正過程論各論-修正案議決機関としての立法部に通常の立法過程の規律は及ぶか
- 憲法修正過程論各論-2回目の議決を行う議会の権能
- 憲法会議と立法部提案による憲法修正手続の並立
- 修正案の公告(Publication)をめぐる諸問題
- 修正案公告制度の概要
- 〔修正案の公告をめぐる諸州憲法の規律の態様〕
- 〔州憲法に公告の規定がおかれている場合の効力について〕
- 〔公告を法律事項にしている場合の取扱いについて〕
- 修正案を各投票権者に配布する試みの進展
- 〔主張・反論を開示するオレゴン州方式とその伝播〕
- 〔オレゴン州方式の未来〕
- 修正案公告制度の概要
- 修正案の提案方式(Forms of submission) をめぐる諸問題
- 提案できる修正案の単位の問題
- 提案する修正案の州民への提出時期および提出方式の問題
- 別個の投票用紙の使用・投票用紙への全文または表題の印刷の義務付けについて
- 修正案承認に要する州民投票(Popular Vote)に関する諸問題
- 問題の所在
- 〔成立要件にかかわる問題点〕
- 〔通常選挙の際に投票を行うことの問題点〕
- 修正案への投票促進策について
- 〔アラバマ州の試み〕
- 〔ニュージャージー州の試み〕
- 修正案の政党支持を介する方策について
- 〔政党支持と関係づける方法-ネブラスカ州とオハイオ州の試み〕
- 〔アラバマ方式や政党支持と関係づける方式の合理性について〕
- 〔少数派による修正の問題点〕
- 〔余論〕
- 修正の発効時期について
- 州民投票後さらに立法部による(憲法修正案の)承認を要求する制度
- 誤った修正および矛盾する修正の取扱い
- 問題の所在
- 修正過程への司法部のかかわり方に関する諸問題
- 憲法修正手続の問題に司法権は及ぶか
- 〔政治問題・管轄権を根拠とする消極的見解〕
- 〔積極的見解からの反論〕
- 〔ミシシッピ州裁判所の判断〕
- 〔ミネソタ州裁判所の判断〕
- 〔私見〕
- 司法判断の態度について:自由な目的論的解釈の法理(Doctrine of liberal construction)
- 司法の黙認は何をもたらすか:州政府の組織に根本的な影響を与える修正をめぐって
- 連邦裁判所の態度はどうあるべきか
- 憲法修正方式と修正過程に対する司法のコントロール:具体的措置としての職務執行令状(mandamus)および差止命令(injunction)について
- 〔若干の事例〕
- 〔分析と評価〕
- 憲法修正の実体と中身に対する司法のコントロール:司法審査の限界について
- 憲法修正手続の問題に司法権は及ぶか
- 憲法修正と通常立法の関係
- 修正憲法の発効が裁判所の先例を覆す(overruling)場合
- 修正に関する司法部の拒否権
- 州の法律と州憲法の区別が消滅しつつある傾向
- イニシアチブとレファレンダム
- 州民投票法(referendum laws)に対する司法部の姿勢
- 州裁判所によるコントロールの有用性
- 憲法修正と憲法改正の関係
- 憲法会議による改正と立法機関による修正の一般的な関係
- 立法部の修正案提案権の限界
- 憲法委員会(Constitutional commissions)の位置付け
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- 修正手続が頻繁に用いられる近時の傾向
- 〔修正案の提出頻度と手続の難易度との関係〕
- 〔修正案の提出頻度と憲法のスタイルの新しさとの関係〕
- 〔1899 年以降、修正手続の利用が急速に増大した〕
- 〔増大した修正の対象には注意しなければならない〕
- 州民投票が真の州民判断を得られない場合
- 些末な提案や大量の修正提案によって憲法が陳腐化してしまう場合
- 立法部が無責任になる危険性
- 公の議論の欠如の問題
- 低調な投票率の問題
- 州民投票の特徴
- 〔最大の問題点は投票者が惰性的に投票してしまうことである〕
- 〔複数修正案を同時提出すると惰性的投票の弊害が生まれやすい〕
- 〔ただし、投票者が各提案を区別して意思表示するケースもないわけではない〕
- 財政支出を伴う提案に対する州民の態度
- 総括:憲法上のレファレンダムの有効性を高めるにはどうすればよいか
- 〔憲法上のレファレンダムに対する肯定的評価〕
- 〔憲法上のレファレンダムに対する現実的な評価〕
- 〔憲法上のレファレンダムを改善する方向性〕
- 私見:州民投票制度の変革への具体的提言
- 修正手続が頻繁に用いられる近時の傾向
- 訳者あとがき
- むすびにかえて