こだわりと品質を求める出版社

　これまで書いたパンの本は、想像していた以上の数になった。そのどれもがたやすく書けたわけではないが、この本はとりわけ難度の高いものであった。サワー種（発酵種）は何年もの間ずっと取り上げたかったテーマである。サワー種には特に多くの神話、生半可な事実、誤った情報が流布しており、趣味でパンを焼く人もプロのパン職人も振り回されている。
　こうした状況に秩序をもたらし、あらゆる情報をまとめて整理し体系化しようとすると、すぐにそれは先の見えない大それた試みであることに気づかされる。その理由は、サワー種が世界最古の膨張剤であり、その数千年間にもおよぶ歴史が1 冊の本にまとめられるようなものではないというだけでなく、サワー種の研究が十分に行われていないからである。学術的な文献や、分厚い専門書も散見されはするものの、そのどれもが表面をなぞっただけのものでしかない。サワー種は、多くの影響を受けて変化する複合的な形成物で、この先1000 年かけても完全に知り尽くすことはできないだろう。
　ただ、正にそれがサワー種の魅力でもある。微生物を扱い、その助けを借りて最良のパンが焼けることは知っている。しかし、それを完全に理解してはいないのである。サワー種を使ったパンはどれも、神話と魔法がつきまとっている。
　この本は、サワー種や、「野生の」微生物の世界へいざなうものと理解していただきたい。多くの経験で補われた既存の知識を結集したものであり、研究が実用化に追いついていないため、理論的な説明に裏打ちされないことが多いのである。
　この本を書くにあたって私が意図したのは、サワー種の世界を新たに説明することではない。サワー種を使うパン店のあらゆる側面を、一般的に理解できる方法で、かつ深く掘り下げてまとめることで、パン焼きを趣味とする人やサワー種に興味を持つプロのパン職人に、サワー種の世界で迷うことのないよう、1 つの羅針盤となるような本を届けたいということである。この本にまとめきれなかった多くの知見や情報がある可能性は大きいだろう。そのため、読者の皆さんがそうした知見や情報を共有してくださり、それらを将来、改訂版に反映させることができれば嬉しいかぎりである。
　この本が皆さんの喜びとなり、サワー種パンを焼く楽しみが得られることを願って。

ルッツ・ガイスラー