韓流シネマの散歩道

著 | 田村紀之 |
---|---|
編 | 田村美紀・玄正子・李相兌 |
判型 | 四六判頁:132 |
ISBN | 978-4-434-36365-8 |
発行 | 2025年9月 |
定価 | 1,980円(本体1,800円+税)
在庫:○
|
韓国と日本の社会・経済関係などについて寄稿をお願いしていた田村紀之先生から、二松学舎大学を退官後、「韓国映画を中心に映画評の連載を始められないか」と相談を受けたのは、2014年の初め頃だったと思う。最初は「経済学の田村先生が映画評?」と思ったが、話をしてみると、若い頃から映画ファンで、特に韓国映画は欠かさず観ているとのことだった。そして「東洋経済日報」紙で「韓流シネマの散歩道」と題する記念すべき連載が始まったのは、同年3月14日だった。第1回は韓流の歴史的背景などについて触れた内容で、単なる作品評ではないのが田村先生らしいと、毎回、原稿を楽しみに待つようになった。
韓国現代史の闇を描いた作品から、アクション、スパイもの、貧富格差、恋愛ものなど内容は多岐に渡ったが、その中でも特に力が入ったのは、先生が研究テーマとしていた「日本の加害者責任」に触れた映画や、権力者による民衆弾圧を描いた映画についてだろう。
第8回の「歴史を風化させないために」では、1919年に韓国全土で起きた3・1独立運動時、堤岩里という農村で日本軍が行った村民虐殺事件、1948年4月に起きた、済州島民が多数虐殺された事件などについて論を展開された。
また、最近では『福田村事件』の映画が忘れられない。福田村事件とは、1923年9月1日に発生した関東大震災直後、「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが各地で起きる中、千葉の福田村で被差別部落出身の行商人が朝鮮人と間違われて村人たちに殺された事件で、震災100年を機に森達也監督が映画化に挑んだ作品で、公開前から話題になっていた。
田村先生から「二松学舎大の沼南キャンパスに移ってから、福田村事件のことを知り、現地調査にも行ったことがある。映画を早く観て原稿を書きたい」との相談を受けて、プレス向け試写会に入れるよう手配したのは23年夏のことだった。先生はすでに体調を悪くされていたが、上映後に森達也監督とも言葉を交わしたと、満足げに語ってくれたことを思い出す。その後、送っていただいた映画評(23年9月22日号)は、連載の中でも力作だった。とても語りつくせないが、回ごとに話を交わしたものだった。
さらに、朝鮮開化派の指導者・金玉均の書を刻んだ墓碑がある北千住の慈眼寺を一緒に訪れたこと、居酒屋で酒を飲んだ時、先生のヘビースモーカーと酒量の多さに驚かされたことなど、忘れられない出来事ばかりである。24年7月26日号に掲載した第80回「底辺労働者の諸相」が、最後の原稿となった。貧富格差問題を取り上げたのも、先生の問題意識の表れだった。
いまも韓国映画の新作を観るたびに、先生ならどんな映画評を書いてくれたかと思うときがある。10年間にわたって80回に及ぶ連載をしてくれた先生に感謝の言葉を述べる機会がないまま、旅立たれたことを残念に思っていたが、正子夫人、娘の美紀さん、翔雲社の野下弘子さんとともに、一冊の本にまとめる機会が得られたことは、私にとっても大きな喜びとなった。
李相兌
- 出版に寄せて
- 映画評を続けてきた田村紀之さんをしのぶ
- 田村先生をしのんで
- はじめに
-
- 第1回 急成長する韓国映画界 『シュリ』 『JSA』 が日本で火付け役
- 第3回 貧しかったころの韓国 同情や共感の寄せ方とは
- 第8回 歴史を風化させないために 虐殺事件告発映画、各国で製作
- 第14回 韓国現代史の裏面を照射 パルチザン、軍人反乱事件…
- 第17回 民主化とペパーミントの味 民主主義を求めて戦った人々
- 第18回 国境と民族を超えた愛 戦争や内乱で家族離散の悲劇
- 第42回 悲しい時代を繰り返さないために 植民地時代史をどう描くのか
- 第47回 「東アジアの危機」 に立ち向かった人々 IMF危機の諸相を振り返る
- 第49回 貧富格差、生存競争を描いた鬼才 金綺泳監督の「執念の女」とは
- 第52回 検閲と闘った映画・大衆歌謡 旧作・名作に頼る映画界
- 第54回 巨大な輸出産業としての 「文化」 世界へと飛躍する韓国映画
- 第55回 中国、台湾、東南アジアで先に話題 中国語文化圏と韓流映画
- 第57回 軍事政権支えた情報部内の対立 「南山」の記憶と時の流れ
- 第59回 脇役陣の層が厚い韓国映画界 尹汝貞とアカデミー賞助演女優賞
- 第61回 全度妍の魅力に触れる 作品にも相手役にも恵まれた俳優
- 第62回 民族固有の文字への思い ハングル創生から死守へ
- 第64回 スケールの大きな活劇 韓流サスペンス・アクションの源流
- 第65回 韓国料理の魅力を伝える 韓流グルメ映画のあれこれ
- 第67回 視覚・聴覚障がい者を描いた佳作 「光と音の壁」 を越えて
- 第68回 隠された歴史を見つめる 女性たちが訴えることとは
- 第69回 韓国戦争、ベトナム戦争の傷を描く 戦争という狂気のむなしい反復
- 第70回 脚本の巧みさ、俳優の演技力が大切に 誘拐・監禁劇の多難な道とは
- 第72回 『ゴジラ韓国版』 の作品も 「怪獣もの」 が復活の昨今
- 第73回 『数学の世界』 の魅力と韓国の暗部 光と闇、 交差しない二つの世界
- 第74回 差別と集団心理が招いた惨劇 福田村と提岩里の犠牲者に寄せて
- 第75回 観客を戸惑わせる作風とは 「作家主義」 と 「商業主義」
- 第76回 南北工作員が登場する映画も スパイ映画を楽しむとき
- 第77回 芸域が広く演技力に長ける トップスター、 李炳憲の魅力を探る
- 第79回 身分差別と圧政に抗して 社会の底辺で生きる人々
- 第80回 貧困問題を見据えた話題作 底辺労働者の諸相
- あとがき