ある名誉教授のつぶやき
大学教育の安全管理

著 | 長濱大輔 |
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判型 | 新書判頁:202 |
ISBN | 978-4-434-36188-3 |
発行 | 2025年7月 |
定価 | 990円(本体900円+税)
在庫:○
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私は、2007年2月、肥大型心筋症で心肺停止を生じ、いち早い救急救命士の応急処置により、三途の川を渡らずに奇跡的に生還した。それは56歳の時であった。散髪中のバーバーチェアー上で心肺停止した私は、5分間以内に駆け付けた救急隊員に心肺蘇生術を受け、近くの日赤病院のICUに搬送された。ここで低体温療法を受け、蘇生後3週間の入院生活を送り、それから大学病院へ移送され、間もなく、ICD(植え込み型除細動器)の埋め込み手術を受けた。主治医をはじめとした病院スタッフそして家族の手厚い看護のお陰で順調に回復し、奇跡的に表立った後遺症もなく、約1カ月間の入院生活で退院した。「運が良かった」の一言であった。それ以来、周りの人達にあまり気を遣わずに気ままに過ごすようになった。これが心臓病患者の妙薬であろう。
私は大学病院で臨床検査の仕事を長年続け、定年を4年後に控えた頃、今後の我が身を考えて、肉体労働でない専任教員の道を選んだ。それは病気と表裏一体ではあるが、これから述べる過ぎ去った生活の背景から、積年の大学教員志望が叶うことになった。
私の教員志望は、小学校4年生の頃か、教育大学を卒業して間もない若い男性のK先生が町中の小学校へ赴任して来たことに始まる。背が高く、バサバサの黒髪の細身で、褐色の顔に太枠の黒縁眼鏡をかけた精悍な先生であった。通勤時は、大きなバイクで運動場を耳に付く音を立てながら縦断していた。6年生になった私は、野球、水泳、サッカーの対外試合のために強化練習を毎日のように受けていた。熱血漢で、試合に勝つための作戦がなかなか奇抜で、試合中の私は、子供ながらにその策に感心していた。両親が離婚して親戚に預けられていた私は、明治25年生まれの祖母の温かい心の中で育っていた。そんな生活環境を察してか、ある日、K先生が大きなバイクで僕を背に、春風を切りながら片道60キロメートルもある岬まで、魚釣りに連れて行ってくれた。本当に嬉しかった。「こんな心の優しい先生がいるんだ」と、心でつぶやいた。「僕も将来は、こんな先生になりたい」と思った。これが教員志望の動機であった。
そんな私が10年間、私立大学の教授、大学院の分野長として専任教員生活を過ごしたのである。その間、大学における教育環境の乏しいところが、日ごろ目に付いて仕方なかった。学生の問題解決能力向上のためにも何とかしなくてはと思い、あれこれ思案し、新しい打開策を講じたが、目に見える効果が出ない。起きていれば、学科と大学院の仕事ばかりしている。研究どころではない。多忙な小・中学校の先生方の就業状況と変わらないのではないかと錯覚するほどだった。そんなことをささやいている教員達もいた。会話の中で「同感だ」という言葉も聞こえた。専門職大学では、何よりも国家試験の合格率と就職率の高いことが重要視される。それは当然である。次年度の学生獲得数に影響を及ぼすからである。従って入試課の職員数は、ほかの課に比べ顕著に多い。そして在籍している大学のホームページに目をやれば、そのデザイン上の完成度は見事であり、教員の経歴自慢にもなるような体裁で、むず痒がゆい気がする。厚化粧の感は否めない。
それでは、大学における教育・研究を通して、日々経験した事象を紐解き、学生と教員を中心に据えた大学教育の安全管理に繋がる内容について著す。
なお、本文の構成について述べると、事例の説明に続き問題に言及し、そして是正のヒントを提示した。
- まえがき
- (1)教員の職種と労働契約
- (2)専門職大学教授の資格
- (3)研究棟の案内板に役職・氏名の記載がない
- (4)大学院委員会報告から
- (5)大学における各種委員会の役割
- (6)医療系専門職大学の国家試験対策
- (7)学内のハラスメントについて
- (8)身体障害者学生の受け入れ
- (9)経営者は口を出すが金は出さない
- (10)学部再編成と新学科設置への懸念
- (11)大学における教員の棲み分け
- (12)私立大学教員はタレントか
- (13)医療系大学の専門科目担当教員に特定の資格は必要なのか?
- (14)私立大学における前期の教員活動―学務部(教務課と学生課)との関わり
- (15)私立大学における後期の教員活動―入試広報部(入試課と広報課)と教務課との関わり
- (16)大学教員の兼業
- (17)長い会議はイヤだ
- (18)保護者会での個人面談
- (19)教員が入院を決める時の心情
- (20)才覚に乏しい学科長
- (21)急な教員の欠員補充
- (22)なぜ教員は中途退職するのか?
- (23)ほかの私立大学へ栄転するのは…
- (24)雪国教員の出勤支度
- (25)その名はアイスクリーム先生
- (26)教員は講義中に横道にそれた話をする時がある
- (27)他大学へ赴任した教員と赴任を思い留まった教員
- (28)学科内で初めての社会人教授
- (29)うれしい知人の教授就任報告
- (30)私立大学の入学試験模様
- (31)雪国の大学入試センター試験監督〈その1〉早朝の除雪
- (32)雪国の大学入試センター試験監督〈その2〉センター試験会場
- (33)雪国の大学入試センター試験監督〈その3〉試験の後で
- (34)おかしな学生〈その1〉
- (35)おかしな学生〈その2〉
- (36)おかしな学生〈その3〉
- (37)ある学生の心痛い中途退学
- (38)国立大学生と私立大学生の違いは
- (39)学科別大学院入学者数に顕著な違いが生じるのは何故か
- (40)コロナ禍における大学生教育の実際〈その1〉オンライン授業の実施へ
- (41)コロナ禍における大学生教育の実際〈その2〉オンライン授業の実際と定期試験準備
- (42)コロナ禍における大学生教育の実際〈その3〉突然の後期定期試験の中止
- (43)コロナ禍中の卒業論文の紹介
- (44)コロナ禍における学生の就職・進学への不安
- (45)学内実習の意義と評価―オスキー(OSCE)の実施
- (46)臨地実習の受け入れ側の対応〈その1〉
- (47)臨地実習の受け入れ側の対応〈その2〉
- (48)臨地実習先訪問
- (49)臨地(臨床)実習指導者会議(国立大学と私立大学の例)
- (50)総合演習とは何か
- (51)教員の趣味と自由時間
- (52)まだまだ名誉教授である
- あとがき